肌着の白いTシャツ、、、
私は、昨日、白Tシャツを裏返しで着ていた。
私は、肌着の表裏にこだわらない。
肌着の裏表など、実に些末なことである。
「裏表」と書くか、「表裏」と書くかで悩むこと程に些末なことなのである。
私が唯一、こだわるものがあるとするなら、それは、肌着の白Tシャツの表裏にはこだわらない。ということがこだわりなのである。
それしかない。
その日はゴミ出しの日、
家に帰るなり、私はYシャツを脱ぎ、下は部屋着の短パンに着替え、上は白Tシャツを裏返しのまま、ゴミを捨てに行った。
白シャツ裏返しの私。
暑い夏の夜。
仕事を終えて脂ぎった頭髪に顔面。
裏返しのTシャツの襟は、パッと見で分かるほどに伸び切っていてヨレヨレだ。
そんな私がエレベータを待っていると、廊下の向こう側から同じくゴミ出しをしに来たおじさんがやって来る。
節電の為、一つ置きに照明が点灯しているマンションの廊下は、集まった夏の虫が照らされ、薄暗い闇と蠢く明るみの暑苦しいリズムを生み出している。
その廊下の向こう側から、白い服を着たおじさんがやって来る、、、
白い服を着たおじさんは暗闇に消えては明るく照らされるを繰り返しながら、ゆっくりと、一歩一歩こちらに近付いてくる。
私は少し、ソワソワしはじめる。
エレベータの停止階表示をじっと見つめる。
まだエレベータは、来ない。
異臭を放つゴミ袋は運動不足のおじさんにとっては少々重たい。
まだエレベータは、来ない。
汗がべたつき、脇汗もかき始めた。
まだエレベータは、来ない。
しばらく待つと、先ほどのおじさんが私の後ろに立つ気配が感じられた。
別のゴミ袋の異臭と虫の羽音が静けさの中に漂っている。
私は、ゆっくりと、後ろに目を向ける。
こいつも裏返しやん♬
エレベータが到着し、二人で乗り込んだ。
我々は軽く会釈をし、1Fのボタンを押した。
言葉を交わすまでもなく、彼の意志は伝わる。
我々は同胞だ。
エレベータが動き出し、互いの気持ちとゴミの袋が少し軽くなるのを感じる。
妻のあらゆる誹りを受け止め、
ただ一つのこだわりを貫く。
おじさんも、肌着の白Tシャツを裏返しに着ている。
この空間、小さな世界。
この世界では、裏返しは、圧倒的多数派なのだ。
裏返しの、裏返しによる、裏返しだけの世界。
こうなってくると寧ろ裏が表なのでは?と考えるようになる。
俺たちは正しいのだ。正義はここにある。
そもそも裏返しで着た方が着心地も良いし、
赤ちゃんの肌着だって裏が表になっているじゃないかと。
1Fに到着し、軽やかにエレベータを降りる裏返しのおじさんたち。
小さな世界の扉は開かれ、おじさん達とともに外に溶け出していく。
外の世界は大きく変化し、廊下は、夜の涼やかな風が通り抜け、鈴虫の音楽までが流れている。
我々は自信に満ち溢れ、踏みしめる一歩も力強い。
意気揚々とエントランスを歩く裏返しのおじさん二人。
すると、エントランスの向こう側からとてもオシャレで綺麗な大学生っぽい若い女の子が歩いてきた。
キラキラして見える。
眩しい。
麗しい。
麗しいキラキラがエントランスのガラス張りの扉の向こうを歩いている。
ガラスの向こう側から麗しいキラキラが現れて、
おじさん二人の横を会釈を交わしながら通り抜けていく。
麗しいキラキラは廊下の暗闇の向こうに消えていった。
取り残されたおじさん二人。
エントランスの扉が閉まる。
先程、麗しいキラキラが通り抜けていったガラス張りの扉。
扉のガラスは夏の夜の世界を映し出している。
暑苦しい夜。
異臭を放つ汚いゴミ袋。
白シャツを裏返しに着たみすぼらしいおじさん二人。
ヨレヨレの襟元。
気持ち悪っ♬
明日からは、肌着を裏向けに着るのはやめようと思う。